時間はかかりましたが、何とか次号の『オリエント』に論文を掲載していただけることになりました。論文名は、「ジュナイドの『原初の契約』におけるファナーとバカー」です。ここまで来るのに本当に時間がかかりました(ちなみにギリギリになって、アラビア語のター・マルブータの付け方を毎度お世話になっているN君に教えていただきました)。
あと、もう一つ「二つの生と二つの死――タバリーのクルアーン注釈におけるイスラームの死生観――」(仮)として、研究室の紀要に掲載させていただく予定です。クルアーンを読むと、イスラームには生と死が二つある!?というのは、10世紀のバグダードで活躍したタバリーのタフスィール(クルアーンの注釈書)をパラパラと見ていたときに書いてあり、それを読んだとき非常に衝撃的な内容です。
人間が"khalq"(創造物)となるのは、現世で誕生することが前提なのですが、「原初の契約」に注目する者たちの中には、それと矛盾する内容が出てきます。その点についてのタバリーの見解はどうだったのか?というのが、この論文の内容です。あくまで現時点での推測ですが、人間が現世で存在する前の「原初の契約」を考慮するとき、一つの生と考えられているようです。そうすると、「原初の契約」に注目する人間はその瞬間も"khalq"とみなしていた可能性も出てきます。
もう少し、丁寧に読んでみたいと思います。何とか年内にかたをつけたいと思います。
周りの友人・知人を見ていると、量産とは正しくこのことだなあと思います。私も負けじと頑張ります。